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通訳者は「影の存在」ではない ― スピーチ通訳は、人の心を伝える仕事 ―



同時通訳と逐次通訳。どちらも「通訳」という仕事ですが、その役割は少し違います。


同時通訳では、リスナーはヘッドセットを通じて、それぞれ個別に通訳音声を聞いています。会場全体が一つの空気を共有することは少なく、通訳者の第一の使命は、発言内容を正確かつ漏れなく伝えることです。


一方、スピーチや挨拶の逐次通訳は違います。話者の真意や感情、時にはその人の性格まで、通訳者の言葉によって聞き手に伝わります。


私はいつも思っています。逐次通訳は、「言葉」を訳す仕事ではなく、「人」を訳す仕事なのだと。


通訳者は決して影の存在ではありません。鋭い洞察力で話者の意図を瞬時に理解し、豊かな表現力で聞き手の心を動かす。時には話者自身が伝えきれない思いを、より自然な言葉で届けることさえあります。


重要なスピーチや挨拶の場で、話者の「頼れる右腕」になれる通訳者とは、どのような準備をしているのでしょうか。今回は、私自身が何百回も経験してきたスピーチ通訳の現場から、その舞台裏を少しご紹介したいと思います。


 

日本人の「棒読みスピーチ」に、通訳者は何ができるのか


日本人の方のスピーチには独特のスタイルがあります。日本語では書く文章と話す文章は表現が大きく異なるにもかかわらず、書き言葉で作った原稿を演台に広げ、難しい熟語を並べた文章を、一字一句間違えないように読み上げる。そして、事前に原稿をもらった通訳者もまた、準備した英訳を無表情で読み上げる。これでは、せっかくのお祝いの場や記念の場なのに、会場の空気は盛り上がりません。


アメリカ企業のトップは、まず原稿を読みません。聴衆の目を見て、自分の言葉で語りかけます。故スティーブ・ジョブズ氏のスピーチが、その典型でしょう。


もちろん、日本人スピーカーの原稿を通訳者が勝手に変えることはできません。だから私は、原稿を受け取ったら、まず

「何を言っているか」ではなく、「この人は、何を伝えたいのか」

を考えます。


感謝なのか、誇りなのか、あるいは、不安や覚悟なのか。その気持ちを理解した上で英訳し、さらにAIも使いながら、その場にふさわしい表現へ磨き上げていきます。ただし、AIの文章をそのまま使うことはありません。自分が普段使わない表現はスラスラ話せないですし、大げさすぎる形容詞、プロのコピーライターのような言い回しは聴衆の心に響きませんので、そうした部分は必ず自分の言葉に置き換えます


自分の言葉になっていない文章は、どんなに美しくても、結局「棒読み」になってしまうからです。そして最後は、何度も何度も声に出して練習します。日本語を録音して、止めて、英語で訳す。また止めて、もっと自然なリズムに直す。時間があれば、暗記するほど繰り返します。


たった3分のスピーチに、なぜそこまでするのか?


それは、暗記するほど練習すると、本番で原稿から解放されるからです。聴衆の顔を見る余裕ができる。会場の空気を感じられる。そして、用意した英語だけでなく、その瞬間に最も伝わる言葉が、自然に口から出てくるようになるのです。


つまり、話者と聴衆の心を読む洞察力“Read the room ― 場の空気を読み取る力”、それをうまく訳出する創造力“creativity”、また、何が起きても修復できる復元力”resilience”は、人間の通訳だけが持つ特殊な力なのです。



ハプニングから学んだ通訳力


1.緊張して段落を飛ばしたアメリカ人


あるパーティでスピーチを予定していたアメリカ人から原稿をいただき、英→日の訳出をプリントアウトして準備していました。前述のとおり、多くのアメリカ人は、原稿を読むことを嫌うため、ご本人は事前に内容を暗記してきたらしく、本番では、聴衆を見て話し始めました。でも、顔色を見ると、かなり緊張されていて、何度か言い直しをしながら、原稿の1、2段落目までスピーチが進みました。


ここで、原稿を見ていた私に恐怖の瞬間がやってきます。いきなり3段落目と4段落目を飛ばしたのです。当時駆け出しの通訳だった私は、頭の中が真っ白になり、どの段落に飛んだのかも察知できず、呆然としました。


開き直った私は、そこからは、ノートテーキングのみで訳し、何とか最後まで乗り切りました。この時、飛んだ先の段落を紙面上で懸命に探さなくてよかったと思いました。何故なら、そのスピーカーの方は、後段で、先ほど飛ばした3段落目を思い出して、そこに戻ってきたからです。この時から、私の中に「原稿を読んではいけない」というlesson learnedが鉄則となりました。


事前に原稿の内容を頭に叩き込んでいれば、どこに飛んで、どこに戻ろうと、スラスラ訳せていたはずですよね。

 

2.アメリカ人が発した恐怖の日本語単語!


最も冷や汗をかいた記憶に残るスピーチとは、某テーマパーク建設現場のクリスマスパーティでの事。500人以上のプロジェクト担当者やゼネコンの方々の前で、アメリカ側の副社長のスピーチを舞台の袖の演壇(podium)で、逐次通訳していた時のことです。一応当日朝いただいた英語の原稿は持参しましたが、アメリカ人のスピーチは、筋書き以外はその場のアドリブで変わることが多いので、日本語訳は事前に作成しませんでした。


また、当日の会場は、プロジェクトに参加していた舞台装置の専門会社が準備され、舞台はまさに音楽コンサートレベルのスポットライト装備が出来上がっていて、とても仮設とは思えないレベルになっていました。


リハーサルをする時間もなく、本番が始まりました。私は舞台袖の演壇に立ち、手元にメモパッドを置くと、その瞬間、会場奥からの強烈なスポットライトが点灯。強烈な逆光で、聴衆の顔も見えず、眩しすぎて手元の原稿も、メモ用紙も全く読めないという恐怖の環境に置かれました(通訳者アルアルですね)。仕方ない、もうリテンション(記憶)能力だけで訳そう!と開き直ることに。


前半はアドリブが多い中でも、何とか即興の訳出でこなしていると、そんな中、そのアメリカ人が突然言ったんです。


"One thing that I learned through this project is the importance of  'ホネ' ."


逐次で500人が聞いている。そこへ、ホネ?骨?Bone?日本語?英語?「ないわ~、自分の辞書にソレないわ~(泣)」


会場は一瞬「シーン…」。 訳出が止まった、まるで暗闇の会場から 「おい、どうした、通訳?」 と責められているような恐怖、一筋の冷や汗が背中を走る、焦る、めちゃくちゃ焦る、いや何とかなる!お~い、回れよ私の頭脳!「ああ、もう、だめだ、そのまま「ホネ」 と訳すよ!」……この間、時間にして1秒もなかったでしょう。


思いっきり開き直ったその瞬間、――――― ピン!ときた!


「Ho ne, hone, hon’ne, あっ、ホンネだ!!『本音』だってば!」 


すかさず日本語で、「このプロジェクトで学んだことで一つ、最も大事だったのはお互いに“本音”で語り合うということです」。


出た~~。よかったぁ~~~。心拍数180bpm+でMAX状態!後から聞いたら、現場にいた通訳仲間たちも「よくぞ思いついた!」って言ってくれて、嬉しかったぁ!


 

怖いけれど、やめられないスピーチ通訳


このように、スピーチの逐次通訳は、毎回ドラマチックで予想不可能ですが、とても人間味にあふれた仕事です。良くも悪くも、自分の仕事の結果が、その場の聴衆の反応としてダイレクトに返ってきます。


「いやぁ、今日の自分の訳、めっちゃイケてた!」と自画自賛する日もあれば、「あっちゃー、やってしまった……」と失敗のショックで落ち込む日もある。まさに波乱万丈です(笑)。


こうしたハプニングにどう対応するのか。結局のところ、必要なのは「追い詰められても動じない覚悟」なのだと思います。


それじゃ答えにならない、と言われそうですね。


でも私は、MLBのピッチャーが9回裏2アウト満塁でど真ん中にストレートを投げ込む瞬間や、ワールドカップのPK戦で5人目のキッカーが勝負を決める一蹴りを放つ瞬間と、本質的には同じだと思っています。絶体絶命の状況で、自分の力を信じて立ち向かうこと。それを支えるのは、毎日妥協しない「練習」、そこから芽生える「自信」、そして、本番で力を出し切るための「集中力」。この3つです。


スピーチ原稿を何度も復唱し、暗記するほど練習しておけば、何が起きても慌てなくなります。逆光のスポットライトも、アメリカ人の変な発音の日本語も、突然飛び出すアドリブも、「よし、来たか」と受け止められるようになるんです。


 

極限状態で冷静な判断ができるかどうか。


それはアスリートも通訳者も同じで、結局は、日々積み重ねてきた努力が自分を支えてくれるのです。どんなに経験を積んでも、プレッシャーのかかる場面は必ずやってきます。でも、そうした恐ろしい瞬間を、いつしかスリルのある楽しい時間に変えられるようになったら、通訳者として次のステージに進めるのだと思います。


通訳者は決して影の黒子ではありません。表に出ることは少なくても、話者と聴衆をつなぎ、時にはコミュニケーションの成否さえ左右する、もう一人の主役です。妥協のない準備と練習を積み重ねていれば、怖いものはありません。


そしていつか、言葉足らずで不器用な日本人スピーカーの本当の思いが、あなたの訳を通じて聴衆に伝わり、大きな拍手が湧き起こる日が来る。


その瞬間、「ああ、通訳者になって良かった」


きっと、そう思えるはずです。



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2件のコメント


UraKen
9時間前

AIとITの進歩でマシンによる翻訳機能はどんどん進歩するでしょうが、

人間力がある通訳者へのニーズはなくなることがないと確信しました。

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エディ先生
6時間前
返信先

これからは、「この人でないと」と思って貰える通訳者が活躍すると思います!

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