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イチローの殿堂入り式典のスピーチ

更新日:7月30日

HOF2025パレード
式典前日のパレード(撮影:エディ先生)

スピーチのビデオはこちらから↓


7月27日、野球の聖地・ニューヨーク州クーパーズタウンで、2025年度の野球殿堂入り式典(Hall of Fame Induction Ceremony)が開催され、仕事のご縁でその場に招待されるという光栄にあずかりました。


今年の殿堂入りメンバーは、ビリー・ワグナー、CC・サバシア、ディック・アレン、デビッド・パーカー、そして日本人として初めてその栄誉に輝いたイチローさんの5名。歴史に刻まれる瞬間を、現地で肌で感じることができたのは、まさに一生の宝となる体験でした。


式典とパレードでは、イチローさんのスピーチがひときわ印象的で、ユーモアあり、皮肉あり、そして深いリスペクトにあふれた内容で、会場全体を沸かせました。

中でも観客の笑いを誘ったのが、冒頭のこの一言でした。


  • “But please. I am 51 years old now, so, easy on the hazing! I don’t want to wear a Hooters uniform again.”  (でも、お願いします。私はもう51歳なので、ルーキーいじりはお手柔らかに!フーターズの制服はもう着たくありません。)

Hooters(フーターズ)は、女性スタッフが露出度の高い制服で接客することで知られるアメリカのレストランチェーンです。


これは、MLBでよく行われる“Rookie Hazing”(新人いじり)の文化を踏まえたジョークです。新人選手に奇抜な衣装を着せて移動させたりする、チーム伝統の一種の歓迎儀式ですが、スピーチの最初でイチローさんは「私は(オリックス入団、マリナーズへMLB移籍、今回この場で殿堂入り)合計3度目のルーキーになったと表現したのです。つまり、自分より後ろにずらりと並ぶ52名の殿堂メンバー(レジェンドたち)に向かって、「いじりはほどほどにお願いしますよ」とユーモアを交えて語りかけたのです。その瞬間、会場は笑いと歓声に包まれ、スピーチの幕開けとして最高の盛り上がりを見せました。


  • 3,000 hits, 10 gold gloves, 10 seasons of 200 hits. Not Bad, huh? But the truth is that without baseball, you would say, “This guy is such a dumbass.” (3000本安打、10回のゴールドグラブ賞、10シーズン連続で200本安打、まあまあ、悪くないよね? でも正直言うと、もし野球の才能がなかったら、「こいつただのアホじゃん」って言われるでしょうね。)


イチローさんはご自分の凄い記録を自ら茶化す自虐ネタを結構いれています。あまりに偉大過ぎる話に観衆が引かないように話しているのでしょう。Not Bad, Huh?の「ハァ?」の発音と表情がとてもネイティブ風で、会場のファンが「Arigato」と返すほど爆笑を呼んでいました。


  • 3,000 hits or 262 hits in one season are achievements recognized by the writers. Well...all but one of you. And by the way, the offer for that writer to have dinner at my home has now expired! (3000本安打、1シーズン262安打は、記者の皆さんに評価していただいたものです。あ、ただし、一人の記者さんを除いてね!(観衆の笑い)ちなみに、その記者さんに差し上げていた「自宅ディナーへの招待」は、本日をもって有効期限切れとさせていただきます!(笑))


殿堂入りはスポーツ記者の投票数で決まりますが、イチローさんは満票で選ばれると誰もが信じていた中、一人だけ賛成票を入れなかった記者がいたのですが、当時その記者さんに、「食事でもして話しませんか!」と冗談を飛ばしたのでした。その切符がこの場で「期限切れ」にしましたというジョークが大うけでした。"expired"の発音もゆっくり大きな声で言ったので、爆笑でした。


  • When I showed up at the camp each spring, my arm was already in shape, waiting for Mariners broadcaster, Rick Rizzs to say, “Holly smoke! A laser beam strike from Ichiro!” (毎年春キャンプに登場する時、私の右腕はすでに万全の状態に仕上がっていました。マリナーズの実況アナウンサー、リック・リッツがこう叫んでくれるのを楽しみにしてたんです。「なんてこった!イチローのレーザービームの炸裂だ!」)


Holly smoke! の言い方も、実況の再現もネイティブそのもの!でした。


  • Thank you for the New York Yankees! I know you guys are really here today for CC. But that’s okay. He deserves your love. (ありがとう、ニューヨーク・ヤンキース、でも正直君たちはCCのために今日は来たんでしょ(笑)いいよ。CCは君たちが愛情をそそぐにふさわしいやつだから。)


会場にはCC・サバシアのヤンキース時代のファンが多数来ており、イチローさんがサバシアの人気をリスペクトしつつ、さりげなく自分も仲間というところを見せる愛溢れた表現です。イチローは3シーズンプレーしているので、サバシア、デレック・ジーターとも親友ですね。ものすごく信頼関係を感じます。


  • And to the Miami Marlines, I appreciate David Samson and Mike Hill for coming today. Honestly, when you guys called to offer me a contract for 2015, I had never heard of your team. (No, No --- ) (マイアミ・マーリンズ、デビッド・サムソンさん、マイク・ヒルさん、今日はお越しいただき感謝いたします。正直なところ、2015年に契約オファーをいただいた時、「マーリンズってどこのチーム?」と思ったぐらい知らなかったんですよ。(観衆:オーノー、ノー))


マーリンズは当時歴史の浅いチーム。イチローさんは42歳で移籍し、3000本安打を達成した特別なチームだったこともあります。だからこそ、あえて「知らんかった」と笑いを取り、彼なりの愛情表現をしたのです。ベテランを受け入れてくれたマーリンズの若いチームへのリスペクトを感じました。


イチローさんのスピーチで特に心を打たれたのは、次のような場面でした。


彼がメジャーリーグ(MLB)を目指すきっかけとなったのは、野茂英雄投手のMLBでの活躍と成功だったと語り、その挑戦に感銘を受け、自らも挑戦する決意を固めたというエピソードです。そしてこの感謝の気持ちを伝える場面で、長いスピーチの中で唯一、日本語で「野茂さん、ありがとうございました」と述べた瞬間には、思わず涙がこみ上げました。


さらに、イチローさんはこう語っています。


  • I think you can imagine there was much doubt that I decided to try becoming a first position player from Japan in MLB. But it was more than just a doubt. There was criticism or negativity. Someone even said to me, “Don’t embarrass the nation.” The person who supported me the most was my wife, Yumiko. It would only be natural if she had doubts too, but she never made me feel them. All of her energy was focused on supporting and encouraging me. For nineteen seasons in Seattle, New York, and Miami, she made sure that our home was always happy and positive. I tried to be consistent as a player, but she is the most consistent teammate I ever had. (私が日本人として初めてMLBで野手に挑戦することを決めたとき、皆さんが想像する以上に多くの疑念がありました。それは単なる“疑い”ではなく、“批判”や“否定的な声”も含まれていました。中には『国の恥になるようなことはするな』と言ってきた人さえいました。そんな中、私を最も支えてくれたのが妻の弓子です。彼女自身も不安や葛藤を抱えていたはずですが、それを私に一切感じさせることはありませんでした。彼女はすべてのエネルギーを、私を支え、励ますことに注いでくれたのです。私は選手として常にブレずにいることを心がけてきましたが、彼女こそが、私の人生で最もブレることのなかった“最高のチームメイト”です。)


この一節からは、イチローさんがMLB挑戦時に日本のメディアからどれほどのプレッシャーや否定的な意見を受けていたかが伝わってきます。そして、どんな時もそばで支え続けてくれた弓子夫人への深い感謝と敬意が、言葉の一つひとつからにじみ出ていました。野茂さんの時代もまた同様で、近鉄を自由契約となった際には“裏切り者”とまで言われていたことを思い出します。挑戦者には、いつの時代も逆風があります。


また、通訳のアラン・ターナーさんとそのご家族にも言及されました。


  • Thank you to my long-time interpreter, Allen Turner, and his family, for supporting me wherever I decided to play. (長年にわたり、どこでプレーする時も変わらず支えてくれた、通訳のアラン・ターナーさんとそのご家族に、心から感謝します。)


アメリカではこのような場面で、通訳の名前がきちんと呼ばれ、感謝の言葉が贈られる文化があります。通訳という“影のサポーター”に光が当たる、とても誇らしい瞬間でした。


弓子夫人がイチローさんにとって最高の理解者であり、真のチームメイトだったという話を聞いて、本当に胸が熱くなりました。そして、今回この野球の聖地クーパーズタウンを初めて訪れ、それもイチローさんの殿堂入りという歴史的な式典に立ち会えたことは、私にとっても大きな誇りであり、キャリアの中でも特別な1ページになりました。




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2件のコメント


UraKen
8月04日

表面的な説明にとどまらず文化的な背景にまで踏み込んだ解説 ありがとうございます。

イチロー選手がプレーヤーとしての実績だけでなく、全人格を含めての殿堂入りであることが

よくわかりました。

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エディ先生
8月05日
返信先

自分が日本人である事をこれほど誇りに思った事はありません。人間って悲しい時、嬉しい時だけでなく、「誇らしい時」にも涙が出るんですね。クーパーズタウンというベースボールの正に聖地で本当に感動の時間を過ごしました。

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